映像を中心とした 農業知識集約ソリューションの紹介

農業従事者の高齢化に伴い、農業技術・ノウハウが失われてしまわないように、技能継承の仕組み作りが必要になっている。しかし、定量化が難しい部分が多く残っており、現状取得可能な数値データを蓄積するだけでは、農業技能の継承を実現することは困難である。その解決策として、画像・映像を中心とした農業知識集約ソリューションと、そこでの要素技術、製品について紹介する。

はじめに

日本は地域ごとに気象環境が大きく異なるため、様々な作物の適地適作が進み、多種多様な農業知識・技術・ノウハウが蓄積されている。農業従事者の高齢化と引退に伴い、これらの知識・技術・ノウハウが失われてしまわないように、技能継承の仕組み作りが必要になっている。

農業技能継承の仕組み作りの課題は大きく2つある。1つめは、熟練した農家に自身のもつ技能・ノウハウを意識化させることである。通常、それらは彼らにとっては当たり前のことであり、当たり前で意識しなくなっていることを気づかせる必要がある。

2つめは、彼らが身につけた技能・ノウハウを言葉や数値で表現する方法の確立である。たとえば、植物工場における気温などの環境制御は比較的数値化しやすいが、露地栽培では同じように管理しても個体差が生じる。

また、葉の色を見て樹木の生育状況を判断するなど、まだ定量化しにくい部分が多く残っており、現状取得可能な数値データを蓄積するだけでは、農業技能の継承を実現することは困難である。

これらの課題を解決するためには、農作業に関する知識のモデル化を行い、そのモデルに基づいた知識集約のフレームワークを用意し、映像を中心とした個別の知識をフレームワークに関連付けて整理を行う、知識を集約するソリューションが有効である。

<農業と農作業のモデル化>

1. 農業のモデル化 
農業は、農地、栽培作物、および栽培者(農家)の各要素がもつ情報により関連するシステムと定義できる。農地とは作物を取り巻く自然環境であり、温湿度、日照量などの情報が含まれる。栽培作物には、品種、栽培日数、酸度や糖度などの栄養価、果実の大きさや茎径などの情報が含まれる。

1つの見方として、図1に示すように、農業とは、農地、栽培作物、農家を構成要素とし、農地や栽培作物の情報が農家に伝達され、農家は栽培作物の成長を促すことを目的として、伝達された情報に基づき作業を実施し、実施された作業が農地と栽培作物に影響を与えるというシステムと捉えることができる。

図1 農業のモデル化

この考え方は、慶應義塾大学の神成 1、2) が提唱している AI 農業(Agri-informatics)に基づくものである。このシステムの効率性を高めることが必要であり、そのために作物からの情報を正しく把握することと、把握した情報に基づき農作業を正しく選択して実施することが、農業
知識・技術・ノウハウである。

2. 農業知識のモデル化
われわれは、農作業に関する技能を図2のように3タイプに分類した 3)。農作業を行うには運動、観察、判断に関する技能が必要であり、1つの作業は3つのタイプのすべての知識が必要であるが、作業の種類によってどのタイプの知識が重要かは異なる。

①説明型知識: 意思決定するためにどこに注目すべきかという知識
②判断型知識: 注目して得られた情報からどう判断すべきかという知識
③動作型知識: どのように体を動かすべきかという知識

農作業は高齢者でも行えることから、動作型知識よりもどこに注目してどう判断するかという説明型知識と判断型知識の比重が大きい。

図2 技能と知識のモデル

知識集約ソリューション

前述のモデル化に基づき、どこに注目してどう判断するかを学べるようにするための、農作業に関する知識を集約するソリューションについて紹介する。

農作業は、作物(たとえば「みかん」)や品種(たとえば「はれひめ」)ごとに、1シーズン(たとえば3月から1月まで)に行う作業を対象とする。手順は、図3に示すように、まず栽培暦、栽培マニュアルに基づいて指導員・熟練者にヒアリングすることにより、年間の作業の洗い出しと重要な作業の選定を行う。 

図3 ノウハウ形式知化の手順

重要な作業の選定後に、作業ごとに、熟練者と非熟練者に差異があることの検証、差異の明確化、差異を学習する教材を作成し効果を検証という流れになる。熟練者と非熟練者に差異があることの検証と差異の明確化は、熟練者と非熟練者の作業を動画で記録し、その映像を比較分析することによって行う。作業の記録はアイカメラやウェアラブルカメラを用いて行う。アイカメラは、メガネのように装着し、作業者の見ているものと視線を合わせて記録する。ウェアラブルカメラは、頭部に装着し、作業者の手元全体の映像を記録する。映像を比較分析することによって、どこに注目してどう判断すべきかが明確化される(図4)。

図4 熟練者と非熟練者の差異の分析

どの時期にどんな農作業を行うかを記載した栽培暦と、農作業ごとにどのように行うかを文章と写真や図で記載した栽培マニュアルを電子化し、関連リンクを張ることで、農作業を整理し、技能・ノウハウを蓄積するための枠組みを作る。

この枠組みに、熟練者と非熟練者の差異を分析した動画や、熟練者のやり方を学ぶための学習教材、そのほかにもこれまでに農業研究所などで蓄積されたデータなどの多様な情報を関連リンクを張って整理することで、知識集約のフレームワークとする(図5)。

図5 知識集約フレームワークのイメージ

農業技術学習支援システム

熟練者のやり方を学ぶための学習教材として、どこに注目してどう判断するかという知識を映像と文章で蓄積する農業技術学習支援システムについて紹介する。農業技術学習支援システムは、学習教材作成モードと学習モードの2つのモードをもつ。

学習教材作成モードでは、熟練者(多くの場合は指導員)が指導時に注意すべきポイントをカメラで撮影し、注意すべきポイントに対して1行程度の問題文と、注意すべきポイントを選ぶ理由をコメントとして書き込むことで、一問一答型の学習コンテンツを作成する。

たとえば、「摘果」作業において、摘果前の果実の状態を撮影し、その写真に対して「どの実を摘果しますか」という問題文を入力し、写真中の摘果すべき実をタッチして正解として記録し、その実を摘果することが正しい理由(たとえば「密集していて傷が付きやすいから」)をコメントとして入力することで、まとめて学習コンテンツとして記録される。

学習モードでは、学習者が表示された写真と問題文から、写真中の正解と思う場所を指定する。たとえば、問題文として「どの実を摘果しますか」と写真を表示し、学習者が写真中の摘果すべき実を選択して印を付ける。

回答後に「正解表示」ボタンを押すと、写真上に正解の場所が表示され、解説としてコメントが表示されるので、学習者はそれを見て学習する。「次の問題」ボタンを押すことで次々と学習を進められるようになっている(図 6)。

図6 学習システム

農業技術学習支援システムを用いて、摘果作業を対象に実施した実証実験について述べる。実験は、熟練生産者が管理する園地の樹を対象に、年間の農作業のうち、適正数に調整する粗摘果と仕上げ摘果だけを学習前の初心者、学習後の初心者が実施した。粗摘果、仕上げ摘果とも学習時間はそれぞれ20分程度である。学習前後の樹で収穫の結果を比較した。

実験に用いた樹のみかんを収穫し、非破壊選果機で評価点を計測した。選果機にみかんをまとめて流すと果実1つ1つの色づき、傷のあるなし、大きさ、糖度、酸度を測定し、評価点が計算される。みかんの買取価格は評価点と重量の積で計算されるため、生産者の収入に直結する数値である。初心者が学習前に摘果した樹の評価点の平均は122.9点で、学習後に摘果した樹の評価点の平均は133.4点と約9%向上した。

ハイスループット・フェノタイピング(農業へのドローン活用事例)

農業技術学習支援システムは、多くの映像を問題として用意して学習者に回答させることで、学習者に疑似的な経験を積ませて、「どこに注目してどう判断すればよいか」を身に付けさせるものである。これに対して、ドローンを使って作物を撮影し、作物の成長状態を数値化することで判断を容易にする取り組みについて紹介する。

近年、幅広い分野でドローンの活用が進んでいるが、農業分野も例外ではなく、農薬散布や播種、鳥獣害対策など様々な利用方法が提案されている。一方、農学研究分野では、ドローンに搭載したRGBカメラやハイパースペクトルカメラで取得したイメージを画像解析することにより、作物の生育記録や病害発生の検出、成熟期(収穫適期)の推定など様々な応用研究が活発化している。

特に、育種・栽培研究においては、空撮画像から作物の3 次元形状を復元し(3D再構成)草丈や植被率などの植物の時系列変化をデジタルデータ化する技術が開発され、これまで目視評価や人の手で行われてきた野外環境での形質測定が高速で行えるようになった 4、5)。

現在、科学技術振興機構(JST)が推進する戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究課題「フィールドセンシング時系列データを主体とした農業ビッグデータの構築と新知見の発見(研究代表者:平藤雅之、農研機構)」に参画し、野外環境において解像度mm単位の2D画像および3D再構成データを無人で収集するハイスループット・フェノタイピングシステムを農研機構、東京大学、筑波大学と共同で構築しており、そのなかで当社は、高解像度の3D再構成データから作物の形質データを自動計測・自動集計するシステムの研究開発を進めている。

図7 甜菜の 3D 再構成データから形質データを自動計測する例

図7は甜菜の3D再構成データから形質データを自動計測する例である。さらに、形質データ(草丈、葉長さ、葉面積等)を自動計測する本システムと、環境データ(気温、湿度、日射量、土壌水分、地温等)を自動計測するフィールドサーバ 6、7) を組み合わせて、農業ビッグデータを網羅的に収集・統合・解析するシステムを構築することにより、今後様々な農学的・生物学的新知見の発見が期待される。

おわりに

農業従事者の高齢化に伴う技能継承の必要性と課題について述べ、その解決策として農業の知識集約ソリューションと、そこでの要素技術、製品について紹介した。知識集約ソリューションは、様々な作物に適用可能であり、現在複数種類の作物に対して適用を進めている。個別の知識を整理するための製品や要素技術は今後も機能強化、新たな技術の採用を進めていく予定である。

※スマート農業バイブル ―『見える化』で切り拓く経営&育成改革より転載

◎価格
NEC農業技術学習支援システム
月額サービス料:70,000 円/月
初期設定費:70,000 円

◆参考文献
1) 神成淳司 : 農業情報学 . 情報処理 51(6): 635-641,2010
2) 神成淳司ほか : 農業分野における IT 活用 . 高付加価値化につながる取組み
電子情報通信学会 96(4): 280-285, 2013
3) 神成淳司ほか : AI(Agri-Informatics)に基づく学習支援システムの研究開発
人工知能学会誌 30(2): 174-181, 2015
4)杉浦綾ほか:UAV空撮画像による作物生長計測とフィールドフェノタイピングへの応用
. 第 73 回農業食料工学会年次大会講演要旨集 : 97, 2014
5) 杉浦綾ほか : UAVからの時系列画像によるバレイショ疫病の病徴評価
.SCI’13 講 演 論 文 集 121-122, 2013
6) 田中慶ほか : FS-DIVA: フィールドサーバによる観測データと撮影画像のための表示用 Webアプリケーション . 農業情報研究 23: 29-37, 2014
7) 平藤雅之ほか : オープン・フィールドサーバ及びセンサクラウド・システムの開発 . 農業情報研究 22: 60-70,2013

◆相談先
NECソリューションイノベータ株式会社
TEL:03-5534-2716
http://www.nec-solutioninnovators.co.jp/

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