「畑らく日記」は、“誰でも”“簡単に”“すぐに使える”ことを最優先に開発した。スマートフォン用の農業日誌(栽培記録)のクラウドサービスである。
Androidと iOS 用があり、2012 年 10 月サービス開始以来ダウンロード数で約 2 万、実質ユーザ数で約 5 千人を超える。専業農家を中心に、プロの生産者に、広く全国で利用されている。
2014 年には「モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(MCPC)」の、MCPC award2014 の優秀プロダクト賞モバイルクラウド特別賞を受賞した。
開発の経緯
株式会社イーエスケイ(以下、当社)は、食品加工業向けの業務ソリューション FOODWORLDを中心に「食」にかかわる事業領域を 1 つの柱としている。
「食の安心・安全」は食品業界の最重要テーマの1つであり、これを担保するトレーサビリティ(食品の素性を原材料段階まで遡って追跡できる機能)も FOODWORLDの重要な機能の1つである。
トレーサビリティは本来、最上流の生産者から流通・加工段階を経て、末端の消費者まで一貫してつながるのが理想であるが、現実には加工段階から上流に遡る情報は非常に限られている。
源流である生産者にとって、トレーサビリティ自体は積極的な付加価値には結び付けがたく、情報提供をするインセンティブにはならないのは無理もない。
しかし、最近は生産者からの「顔の見える情報」が店頭における商品(農作物)の付加価値となるなど、状況は変化しつつある。
本来のデータに基づいた営農改善、これによる収量や品質の向上など、生産者自身に直接的にメリットを生む情報記録が、さらに流通への生産情報提供、消費者へのアピールなど2次的な付加価値を生む仕組みになれば、トレーサビリティの失われたリンクがつながることになる。
これらの問題意識を背景に、千葉県 IT 化推進協議会の食の価値情報部会では 2010 年に関東経済産業局の委託事業、千葉県地域イノベーションパートナーシップ(RIPs)事業の一環として検討を開始した。
2011 年に千葉県情報サービス産業協会(CHISA)で「農家の日記帳」コンセプトの実証事業を受託、当社がプロトタイプを開発し、生産者による実証実験で想定以上の反響があり有用性を確認した。
この成果をもとに当社で商用化開発を開始、2012 年 10 月に「畑らく日記」として正式にサービスを開始した。以降、各種オプション機能のリリースなどを経て、2015 年 10 月プロ版をリリース。
2016 年 8 月にはプロ版を発展させ、法人ユーザ向けに複数ユーザをまとめるグループ管理機能をもつ新プロ版をリリースした。
特徴・独自性
畑らく日記の全体構成を示す(図1)。
栽培記録として必須の 5 項目、「いつ(日付)」「どこで(圃場)」「誰が(作業者)」「何を(作物、作業、状態)」「どの程度(数値)」に加えて、写真を含むメモ(不定形の気づき情報)を簡単に記録できることが基本となる機能である。
畑らく日記の特徴は以下になる。
①“誰でも”“簡単に”“すぐに”使える
利用に不可欠の要素はあらかじめ用意されており、面倒な初期設定などなしにすぐに使い始められる。シンプルで直観的なユーザインタフェイスでマニュアルを読む必要はない。
②その場で忘れず気づき情報も記録
農家の声を聴くと、これまでの農作業記録は現場でメモなどを取り、帰ってからノートあるいはPCに転記するという形が主流で、最低限の重要な項目だけしか記録できなかった。
畑らく日記では農作業の合間、あるいは休憩時間など、作業の現場で無理なく記録ができる操作性が最大の特徴である。
スマホの機動性、機能性を最大限活用し、音声入力あるいはタップで選択入力など、紙のメモを上回って手軽な入力が可能になった。
また、育成状況など定量化しにくい各種の気づき情報を写真付きで簡単に記録できるので、記録の質・量ともに飛躍的に向上したとのユーザの感想もいただいている(図2)。
③辞書を簡単にカスタマイズ
圃場、作物、作業、単位などの主要管理項目には辞書が用意され、この辞書の中から音声あるいはタップで選択入力する。辞書は標準的なものがあらかじめ用意(システム辞書)されているので、すぐに使い始められる。
使い慣れたら、生産者独自の用語(詳細品種名称など標準にないもの、管理上の独自名称など)をユーザ辞書に任意に追加登録できる。またシステム辞書のうち利用しないものは選択範囲から除外して、操作性を高めることもできる(図3)。
④全国のユーザで情報共有
「みんなの日記」では、他のユーザの記録(共有して問題ない一部の情報)をリアルタイムで見ることができる。他の地域での各種の作物の栽培状況を参考にすることができるし、刻々上がってくる全国の生産者の活動を見ているだけでも楽しい。
どちらかといえば、息抜きの情報共有として評価が高い。なお、共有したくない情報はオプションで非共有に設定できる。
⑤多目的に使える
記録は時系列で参照できるだけでなく、同一時期の過去4年分を並べて参照するカレンダ機能もある。また、PCにダウンロードし、Excelなどでより詳しい加工・分析が自由にできる(図4)。
記録は活用するためにある。ユーザによって記録する項目はまったく異なるのが実態である。時間の効率化を目的に作業時間中心に記録するユーザ、収穫量の日々の推移を記録するユーザもある。
流通への出荷記録に絞って使うユーザもあれば、一連の作業を丹念に記録していく場合もある。結局、様々なユーザのニーズに柔軟に対応できることが大事である。
このために、データを自由に出力・加工できることに加え、文末に述べているように、世の中の様々なクラウドツールと連携し機能を拡張・発展させていくことも行っている。
実績
以下、畑らく日記に記録されたデータの統計情報で利用実績を紹介する。
①どのようなユーザに使われているか
圧倒的に専業農家が多く、兼業農家、法人を加えると80%超になる。年代は30代、40代が中心で50代と法人を加えると90%近くになる。まとめれば壮年のプロ農家に使われているツールだといえる(図5)。
②地域性
全国で利用されている。相対的には地元である関東が多いが、農業人口比率に近いかもしれない(図6)。
③作物
果菜類、葉茎菜類を中心に野菜類が多い。個別にはトマト、イチゴ、ダイコンが比較的多く水稲もこれに次ぐ。最近香草類が増えてきた傾向があり、農生産物の推移を表すのかもしれない(図7)。
④作業
播種・定植と収穫が同程度。育苗も含め、生産サイクルの主要イベントの記録が 50%程度を占めるが、その他も広くいろいろな作業が記録されている(図8)。
記録された数量単位はデータ活用の狙いを表す指標であろう。個数、質量は多分に収穫量と関係があろうが 25%を占める。
時間は作業分析に結び付くと思われ、これだけで 20%、この用途も多いことをうかがわせる。温度などの環境数値は比較的少ない。
畑らく日記による営農改善の実施例
①作業時間分析
自らも新規就農者でもある、ITコーディネーターの堀明人さん(「記録農業 スマホ農業」の著者)は、ブルーベリーの観光農園を開く準備作業の時間を記録し、分析されている。
それによると作業の中では草刈が最も多く、次いで受付や造園作業にも多くの時間を費やしている。これらからパートやアルバイトを活用できる作業を見きわめ、経営者としての時間配分の最適化を計画できる。
また圃場ごとの作業時間から、新規開園時の負荷工数が推定でき、曜日ごとの分析から、他の仕事との負荷分担も推定できると結論付けている 1) 。
また、複数の作業者を要する法人において各作業者の作業時間を畑らく日記で把握し、生産性の分析や給与支払いに活用している例もある(図9)。
②出荷実績把握と精算業務負荷軽減
複数のメンバーで共同して受注・栽培・出荷を行っている。メンバー数、作物数、出荷先が増えてくると、これに伴い事務処理量が激増するが、畑らく日記による出荷記録をベースに簡単な追加処理ツールを開発し、請求書の発行、メンバーへの精算支払いをはじめとする処理を自動化することで、とりまとめの負荷を大きく削減できた(図10)。
畑らく日記の今後
①シンプルで使いやすさを徹底
農業 ITという言葉で脚光を浴びている分野であるが、多くの生産者に実際に求められているのは必ずしも大げさで大規模なシステムではなく、生産者が自ら使いこなせる身の丈にあった手軽なツールであると思う。
この点で畑らく日記の特徴である、シンプルで使いやすい点に徹底して磨きをかけていく。
②各種クラウドツールと連携し必要な機能を簡単に実現
様々なユーザが期待する機能を畑らく日記だけで実現することは現実的ではない。
世の中にはオープンソースをはじめとする便利なクラウドツールが多く存在し、これらと連携していくことはユーザの利便性を考えれば必然である。
畑らく日記ではすでに下記のようなツールとの連携実績があるが、今後も必要に応じて積極的に拡大していく。
• iCalendar 連携で Googleカレンダー等で作業記録をカレンダー表示。
• Openstreetmap 連携で、作業記録を GIS 表示。
• サイボウズ社の Kintoneと連携してユーザによる後処理を簡単に実現する。
今後、環境計測系を含めて、他の農業 ITツールとも連携し、それぞれが得意とする領域を活かしながらユーザの利便性を追求していく。
③個人利用からグループ利用へ
従来小規模あるいは個人レベルでの生産者の利用が多かったが、最近複数の利用者がかかわる法人・組合などグループ利用が増えてきた。これに応えるために複数ユーザの記録を束ねて管理できる、新プロ版をリリースした。
このような場合、記録を使った後処理が大事になる。活用事例で挙げたさいたまヨーロッパ野菜研究会様の例のように、ユーザでのデータの活用を手軽に支援していくことも使命である。
④ビッグデータとして公益活用
畑らく日記にはすでに膨大な記録が集積されており、日々飛躍的に拡大している。この中で、全国規模での農業生産の推移が見えてくる。
個々のデータはユーザのものであるが、ビッグデータとしての公益利用の道は、それがユーザの利益にかなう前提で、今後検討すべき課題である。
おわりに
ツールは利用されなければ何の意味もない。畑らく日記は、ユーザの圧倒的な支持を受けて、年々倍々ゲームで活用が拡がっていることはサービス提供者として喜びにたえない。ユーザにとって畑らく日記は、自らの農業をよりよくしていくための入り口に過ぎない。
記録はその時点での活用だけでなく、蓄積もまた貴重な財産になる。「継続は力」である。サービス提供者としての責務はニーズの変化発展に応じたサービスの改善に加えて、安心して使い続けていただける、サービスの継続性である。
当社はユーザの視点を大事にしながら裏方として継続的に支援を続ける決意である。
※スマート農業バイブル ―『見える化』で切り拓く経営&育成改革より転載
◎価格
基本版は無料サービスです。法人、組合などのグループ利用の Pro 版については別途ご相談ください。
Tips
• アプリは、畑らく日記ホームページ(http://www.hata-nikki.jp/)から、Android版(Googleplay)もしくは iOS 版(App Store)をダウンロードできます。
◆相談先
株式会社イーエスケイ
TEL:0438-40-5290
URL:http://www.eskfw.co.jp/
これからはじめます