九州大学における スマート農業の取り組み

九州大学 農業生産システム設計学研究室では、ICTを利活用した農業を中心にさまざまな研究を行っている。本インタビューでは、九州大学大学院 農学研究院 准教授 岡安崇史氏に、同研究室での取り組みについてお話を伺った。

九州大学大学院 農学研究院 准教授 岡安崇史氏

九州大学の取り組み

九州大学ではどのような取り組みをされているのですか?

現在、「革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)」として、「イチゴの省エネ栽培・収量予測・低コスト輸送技術の融合による販売力・国際競争力の強化」というプロジェクトを全16機関の共同として取り組んでいます。

このプロジェクトでは、いちごの生理生態の計測・評価とこれら対応した適切な栽培管理によるイチゴの生産技術改善と品質向上、さらには九州産イチゴの販路拡大のひとつとしての輸出をターゲットとしています。

この取り組みの中でキヤノンITソリューションズ(以下、キヤノンITS)とは、画像情報を用いたイチゴの生育情報の収集とその解析による生育予測の実証実験を行っています。

加えて、大分県産業科学技術センターとともに、イチゴの高設ベッドから排出される排液の量や質を調べる取り組みも行っています。

共同で取り組まれている3者はどのように知り合ったのですか?

もともと私達の研究室では、2005年頃から圃場環境の計測に関する研究を行っていました。

そのような中、2010年だったと思いますが、大分県でICTを活用した農業について講演する機会があり、その講演会に講師のひとりとして招待されていた、大分県宇佐市内でイチゴを2 ha以上栽培・販売している生産法人アクトいちごファームの小野さんと知り合いました。

しかし、お会いした当初、小野聖一朗さんは農業へのICT導入をあまり肯定的にとらえていなかったように記憶しています(笑)。

ところが、その数ヵ月後、小野さんがイチゴの6次化販売促進を支援する大分県のプロジェクトに採択され、小野さんとICTを活用した高品質イチゴの生産を一緒に研究することになりました。

これにはとても驚きました。正直、このプロジェクトはホンマにうまくいくんかな? とも思いました(笑 2 )。

この研究では、まず、モニタリング装置をハウス内にたくさん設置して、ハウス内環境の分布などを知ることからはじめました。

小野さんも、初年度は、計測結果の使い方がよくわからないということもあって苦労されていましたが、今では最新のICT機器も自ら導入されスマートな農業を実践されています。

小野さんとの出会いはいまの私の研究に大きな影響を与えてくれました(感謝!)。この研究では、カメラを使ったイチゴの生育画像の撮影も行っていました。

撮影されたたくさんのイチゴ画像を学生と手作業で花が咲いた時期、実が付いた時期や葉の分布などをトレースしていきました。それによって、花、実や葉の動きを定量的に知ることができることがわかりました。

この情報をもっと活用していこうと大分県農林水産研究指導センターの方々と模索していた矢先、私の研究を知ったキヤノンITSの方から「面白い研究をされていますね」とコンタクトがあったのです。

そこで、実際に会って話をしてみると、キヤノンITSのもっている画像技術やAIを活用することで、もっと面白そうなことができそうだということになり、九州大学、キヤノンITS、アクトいちごファームの3者共同での研究を進めることとなったのです。

具体的にはどのような取り組みなのですか?

まず、キヤノンのパン・チルト・ズームが可能なカメラをハウスの天井に吊るしイチゴの生育状況をモニタリングしました。

AI技術を用いて取得した画像から「花の個数」「実の個数と熟度」「葉の面積(実際には画像中に占める葉の面積割合)」等の情報を自動抽出します。

この熟度の判別は、人間の目で見ても、緑熟期から白熟期や赤熟期から収穫期のつなぎ目の判別を間違うことがありますが、それをAIによってどこまで実現できるかが課題でした。

取り組みをはじめた当初は、60%くらいの精度でしたが、現在では、AIの改善とデータの蓄積により判別精度が高まり、85%(花から実を5段階で識別する条件)ほどの精度で判別できるようになってきました。

イチゴ栽培で最も労力を要する作業の1つとして、収穫そして箱詰めの作業があります。これらの労力を軽減するためには、より早い段階でイチゴの収量を予測し、これらの作業計画を立てる必要があります。

そのため、過去から現在までに撮影したイチゴの生育画像からAIによって2週間先までの日別収穫量を予測する試みを進めています。

この技術がキヤノンITSが中心となって、本年4月に採択された「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」の中でさらなる精度向上のための実証研究を行っていきます。

今後、改善していく技術などありますか?

画像の品質の向上やハウス内で取得できる画像の枚数を増やしていくのが今後の課題と考えています。

天井に吊るしたカメラだけではハウス内のイチゴの生育ムラを評価することはできませんので、現在、イチゴを真横から撮れる仕組みをいろいろと考えているところです。

また、実際に農家が利用するソフトウェアの使い勝手やユーザーインタフェイスといったところはまだまだ研究が必要だと思っています。

文字の大きさ1つをとっても見やすい大きさや位置がありますし、また、アイコンの形や色、ボタンの配置など、使い勝手に直結するさまざまな要素があります。

これらの部分は見過ごされがちですが、スマート農業のさらなる展開には無視できない部分であると思っています。

そのほかに、研究室ではどのような取り組みを行なっていますか?

大分県産業科学技術センターと、イチゴの高設ベッドから排出される排液量を計測するという画期的な取り組みを行なっています。

どのようなものかというと、イチゴに水や水に溶かした肥料を与えた後、ベッドから排出される水の量やその中の肥料の濃度を計測することで、植物がどれだけの水や肥料を吸っいるのかがわかるというものです。

イチゴの根が肥料をよく吸っていれば、当然排液中のEC値は減るので、ちゃんと根が吸収していることがわかります。また、そのまま通過してくると、根が養分を吸っていないということになります。

これは単にイチゴが養分を欲していないという場合もありますが、もしかしたら生育障害が起こっている可能性もあるわけです。

先ほど紹介した画像から得られる生育情報と一緒になれば、この情報が如何に重要かは容易に理解できると思います。

イチゴの場合、異常があってもすぐに葉が黄色になるなどの兆候がでないことが多く、気づいたときには手遅れだったということもあります。

そのため、出てきた排液からイチゴの状態がわかるのはイチゴ栽培にとってとても有用なのです。もちろん、これらの情報がわかっただけで、すぐに農家の皆さんの利益が上がるわけではありません。

しかし、この情報は、栽培管理の判断を行う上で非常に利用しやすいと農家の方々からの評価もよく、農業イベント等で出展した際にもぜひ使ってみたいとの問い合わせを多数いただいております。

今後の取り組み

今後の九州大学での取り組みや抱負をお聞かせください。

九州大学では、所在地である福岡市西区や糸島市の方々と地域の創造と活性化を図るための産学官の取り組みを10年以上前から行っています。

そのひとつが「アグリコラボいとしま」という取り組みです。初めは農家の皆さんが抱えている課題を把握しておらず、「農家のお悩みをドーンと受け止めます」という受け止めるイベントばかりを行っていました(笑)。

しかし、これだけじゃまずいぞということで、何かフィードバックできないかと考え、ICT活用で成功されている農家さんを呼んで講演していただいたり、企業の技術紹介を行ったり、農家さんとモニタリング装置の製作実習を行ったりなど、さまざまな活動を行ってきました。

これからもさまざまな活動や情報の提供を行っていきたいと思っています。また現在では、他分野の先生方とも連携して農業の研究を行っています。他分野の先生方も研究を通じて農業に大きな関心をもっていただいています。

さまざまな分野の先生方、そして農家の方々とのコラボレーションを楽しみながら、さらなるスマート農業の発展に貢献していきたいと思っています。

―ありがとうございました。

※スマート農業360 2019年夏号より転載


准教授 岡安崇史
九州大学大学院 農学研究院。1971年生まれ(愛知県出身)。1999年 に九州大学大学院農学研究科博士後期課程修了・同年博士(農学)取得後、現在、九州大学大学院農学研究院准教授。植物生育・成長の環境応答性を計測する植物フェノタイピング、わが国農業の持続的発展に役立つスマート農業、さらには農家と消費者がつながる新たな農業のしくみづくりなどの研究に取り組んでいる。また、各省庁や企業などとの研究プロジェクトにも従事。

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