「スマート農業」=「楽する農業」ではない

「農業は儲からないからなり手がいない」は間違い

メディアや世論では、「農業は儲からないからなり手がいない」と固定観念化されてしまっている。しかし、必ずしもこの判断は正しくないと筆者は思っている。

農業以外の職業において、世の中には、低賃金でも目を輝かせて働いている若者は多く存在しているからだ。彼らには人生の目指すゴールがあり、自分が努力をすれば必ずスキルが向上していることが実感できているところに大きな違いがある。

農業を職業の選択しとして第一に考えてもらえない最大の理由は、「儲からない」からではなく、試行錯誤や創意工夫をしても、それが付加価値として認められず、また、市況に左右されるため売価に計上ができないことが往々にしてあるからだ。

たとえば、どんなに美味しくて品質の高い作物を作っても共同選果等を得て市場に出ていくとなると、その美味しい作物は特別な扱いをされるわけでなく、他の標準的な作物と同様に扱われ、キロ単価いくらで売価が決まってしまう。これでは、努力する意味が見出せない。

場当たり的な国策が農家のモチベーションを下げている

永い年月「農業生産者の個々のスキルレベルを推し量る」といったことはタブーとされてきた。なぜなら、遡れば士農工商の時代から、国民の食を扱うという理由によって身分が保証され、国家に守られてきたからだ。

国策も、熟慮すればもっと前向きな対処方法があったと思われるが、短絡的な判断で減反といった施策がとられ、先行していた農業生産者のモチベーションダウンを招く結果を生んだのである。

これは、田舎の票の多くが農業生産者であった地域は、その時々の政治家の票かせぎのために、未来を意識しない場当たり的な対策を打ち出され、結果的に農業生産者の首を絞める結果になってきてしまったのが原因として考えられる。

農業現場においても過剰生産により、市況を維持するための産地廃棄など、グローバルで考えれば飢えに苦しむ国々もあるにもかかわらず、そうした俯瞰した目線での政策の策定がなされてこなかったのである。

長年農業生産を行っている方々にとっては、この猫の目のように変わる農林水産省の政策や施策には、もらえる補助金はしっかりもらうが、心の中では何も期待していないといったところが本音であろう。

実際に農林水産省の職員と話したことのある農業生産者も少なく、「お上のすることであり、自分には関係ない」と現時点でも思われているのが残念でならない。

この長い年月の積み重ねの結果、農業の分野において、さまざまな試行錯誤や創意工夫をして素晴らしい農業生産物を作っても、日々のルーティーンとして作業を行いそれなりの農業生産物を作っても評価(キロ当たり単価など)に大きな差がないので、努力するのがバカらしくなってしまうのである。

これは筆者が農業生産者でも同じ心境になるだろう。農業生産物のスキル(農業生産物のクオリティも含む)も見える化できず、自分が農業生産者として今どのレベルにいるのか、誰を信じどこに目標をもって農業をすればよいのかがわからず、単調で重労働な作業をただ毎日することに嫌気がさした若者は、すぐに農業を辞めてしまうのである。

若者の活躍が農業を変える

一方で、実力主義が当たり前になっている他の業種であれば、若者が入ってきて、優秀な人材であれば数年でメキメキと力をつけ先輩社員を追い抜き、幹部としてキャリアを形成していく。

これが農業界にはなく、「良いものを作っていればいつか人目につくに違いない」という奇跡を信じて待っている方々がほとんどである。これでは、宝くじや競馬で万馬券を当てるというギャンブルと大差はない。

これを打開するには、農業においても若者が入ってきて、既成概念を大きく変えると同時に成功事例として目立つという事例が増えてくれば、そのドリームストーリーを我も我もとこぞって農業に参画してくる人が増えると筆者は考えている。

株式会社GRA(宮城県)の岩佐大輝さんが作る「ミガキイチゴ」は、まさにその事例の1つに成りえるのではないかと思う。

「スマートファーマー」の育成が急務

現在の農業現場は、65歳以上の従事者が68%を超える状況である。これに伴い、日本の農業生産者数は年々大きく減少の一途をたどっている。

農林水産省の見通しでは、2030年には2010年の36%に当たる58万人まで落ち込むほか、平均年齢も71 .7歳と高齢化が極限にまで進行する(農林水産省「2010年 世界農林業センサス 総合分析報告書」)(図1)。

図 1 農業就業人口及び基幹的農業従事者数

群を抜く少子高齢化と労働人口の減少、そして優秀な人材が来にくい構造。日本の農業にはさまざまな課題が浮かび上がってきている。

その結果、政府の考える「スマート農業」は、イメージ上「ロボットやAIを使った楽をする農業」に舵を切っているように誤解されている危険性があると筆者は感じている。

これは、昨年末にテレビで放映され、筆者も楽しく見ていた「下町ロケット」の影響も多少はあるかもしれない。「スマート農業」を直訳すると「賢い農業」となる。

ロボットやAI任せの農業は確かに楽にはなるが、農業生産者自身を成長させるような賢い農業の実現には直結しない。

異業種が業務をIT化することで業務効率が大幅に改善し、あっという間に費用効果を実現するのは、すでにそのメカニズムやロジックが明文化されているからである。

しかしながら農業においては、生物や各種環境によるところがまだまだ解明されておらず、カオスと表現される部分が多い。

その中で先進的な農業生産者が必至に自分達ならでは農業の手法を確立しようと、日々試行錯誤や創意工夫を繰り返しているのが、このような農業生産者のことを「スマートファーマー」と筆者は呼んでいる。

スマートファーマーは、農業生産のスキルだけでなく経営のスキルやITスキル、データ分析スキルを備えている農業者のことである。

農業高等学校や大学の農学部、農業大学校では、農業生産物の生産にかかわるところや農学の専門的な知識は学んでも、経営に関するカリキュラムは充分とは言えない状況にある。

その結果、いざ就農してみると、多くのことを学ばなければならない必要性を知り、困窮してしまうのである。

その中でも農業大学校は、比較的就農を意識した方が通っているとは言え、従来型の農業に就くことを前提にしたカリキュラムで進められており、大規模が進み従業員を雇うような農業など、さまざまな社会情勢を反映した教えになっていないのが実情である。

「スマート農業」とは考える農業

今後農業生産者の大幅減と、大規模化が進む農業経営組織には、生産技術だけではなく、経営やマーケティング、その他の起業に必要なスキルとICTおよび各種データ分析にもスキルも身につけた次世代の農業生産者(スマートファーマー)が必要とされている。

このスマートファーマーは、“かっこよく・感動があり・稼げる”「新3 K農業」の実現者であり、下記に書きだした条件も含めた、八面六臂に農業現場で起こりうるさまざまなリスクを最低限に抑え、最大限の収益を得ることができるスーパー農業生産者のことを示している。

① 気候や土壌や作物の状態と市況を意識するだけではなく、顧客との契約納期を必ず守る。

② 病気や害虫の発生のリスクにもいち早く対応し、歩留まりの向上、生産ロスを減らす努力をしている。

③ センサ等から蓄積されたさまざまなデータを分析し、自身ならではの生産方法を裏付け、生育手法の明文化(マニュアル)を作ることで、各種リスクを回避した採算性の良い農業を実現している。

④ コスト意識を常にもち、生産期間中に積み上がるコストを日々管理し、なんらかのミスや事故によりコストが跳ね上がることがあってもスピーディーにリカバリを行い、リスクを最低限に抑えることができる。

⑤ 多くの従業員を雇うことにより、地方で雇用を生んで地域活性化・地方創生に貢献している。心身に障害を抱えている方も多く採用し、ロボットなどを活用することで健常者と同じ以上の作業効率で仕事ができる職場を作りあげる努力をしている。

⑥ 地域で取れた農業生産物は、その地域でなるべく消費できるような工夫をし、それと並行して、遠方からの観光客を呼び込むような工夫をしている。

⑦ 未来の日本の人々のことも考え、最大限環境に配慮した農業を実施している。

これらの意識をもつスマートファーマーは、重労働を減らすということよりも、AIやロボットに任せられるところは任せて、自分は、もっと高度な農業の実現にチャレンジしていく存在である。

したがって「スマート農業」は「楽な農業」を実現するための物ではなく、高度な農業の実現を支援し、農業生産者を賢く(スマート)するものである。

決して考えない農業生産者を作るのではない。それどころか今以上に考える農業生産者が出てくると筆者は期待している。

※スマート農業360 春号より転載

筆者

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