はじめに
農業気象情報サービス「ファーミル」は、各種センサによる圃場環境の可視化・データ蓄積と、ピンポイントレベルの気象予測情報により、農業分野の役立ちを目的に開発したサービスである。
本稿ではサービスの特長や導入事例、今後の課題とともに、株式会社気象工学研究所(以下、弊社)が得意とする日射量予測について紹介する。
弊社の設立とファーミル開発の経緯
弊社の設立は2004年9月にさかのぼる。関西電力や京都大学をはじめとする研究者・技術者が結集し、関西電力のグループ会社として設立した気象会社である。
かつては気象業務法により、天気予報は気象庁のみでしか発表が認められていなかったが、1995年の法改正により、一定の制限の中、企業や団体が独自の天気予報の発表を行うことが可能になった。
この天気予報の自由化が行われた背景には、多様化する国民生活に即した天気予報を求める声の高まりがあった。気象庁の天気予報は、都道府県を複数に分割した広いエリア単位で発表されるが、利用者が知りたいのは、場所を特定したピンポイントの天気予報である。
また、気温や降水量、湿度など利用者それぞれが知りたい予測情報は異なる。これらのニーズに応えるため、弊社のような民間の気象予報会社が「場所と目的」に対応した局地の天気予報の配信サービスを行うようになったのである。
弊社も設立以降、様々な産業分野のニーズに応じて気象情報サービスの開発に取り組んできた。その中で2012年に農業気象情報サービス「ファーミル」(FARMiL)が誕生する。まさに農業分野に特化した気象情提を提供すべく開発したサービスである。
ファーミル(FARMiL)の特長、優位性
ファーミルの開発コンセプトは、圃場環境の可視化であり、ネーミングも「ファーム(農場)」と「見る」を組み合わせた造語が由来である。気温や湿度、地中温度などのセンサをハウス内部に設置し、モニタリングできるのが基本的な仕様であり、屋外に同様のセンサを設置することも可能である(図1)。
センサで測定したデータは専用のクラウドサーバへ送信され、パソコンやスマホで実測値を閲覧することができる(図2)。自宅はもちろん、国内や海外の出張先にいる時でも、圃場の状態をリアルタイムに把握できるため、農場のスタッフへ作業を指示することが可能になる。
オプションであるが、ファーミルにはメール通知機能が装備されている。気温など、事前に設定した値が測定されるとメールで通知する。予想外の気温の上昇など、うっかり見過ごすおそれが少なくなる。これらの実測値の可視化に加え、弊社の独自予測技術を用いた局地レベルの予測情報が提供される。
たとえば気温は高度によって大きく変化するが、その地域の標高で補正した気温の予測値や、周辺の地形を加味した風速の予測値など、24時間先まで1時間単位の予測値を入手できる。
予測値を活用することで、換気や遮光、潅水などの事前準備のほか、低温や強風などによる被害軽減に活かせる点がファーミルの強みである(図3)(表)。
なお、ファーミルのWEB画面のレイアウトは、ベーシックな画面に加え、カスタマイズプランがある。気象レーダーによる雨雲の観測画面や、注意報・警報などの防災情報を1つの画面に表示することが可能で、様々な要望に対応可能な仕様となっている(図4)。
ユーザメリット
圃場の状態をリアルタイムで把握できることや、予測値を活用した日常の作業準備、被害の軽減のほかに、日々の観測データの蓄積が挙げられる。つまり1時間ごとにクラウドサーバへ転送された実測値は、データベースとして活用することが可能になる。
具体的には、シーズン中であれば当日までの有効積算温度などが示されるため、追肥や収穫のタイミングの判断に活用できる。
また、シーズン終了後の振り返りであれば、ファーミルの蓄積データに、収穫量や品質に関するデータを加えて複合的に分析することで、反省点および次年度の改善点の抽出に活用できる。さらに複数年の実測データが蓄積されれば、それだけ長期的なデータ解析が可能になるのである。
ユーザ事例
ファーミルの導入事例を2例紹介する。
1)株式会社大国ファーム様(大阪府大阪市: 以下、大国ファーム)
大国ファームは大阪府富田林市にイチゴ栽培用の農園を所有し、2012年にハウス内部と屋外に気温などのセンサを設置した。研究開発部の江口部長は、植物の成長には光合成が欠かせないため、光合成を行う環境を整えてあげることが、収量アップや品質の向上に繋がるというお考えである(図5)。
その光合成を促進させる取り組みとして、大国ファームでは循環扇を設置し、ハウス内の風をファーミルの風速計で可視化している。最適な光合成のためには、ハウス内の気温に応じて風速を変えることが必要で、これらの実測値を基に日々の調整を行っている。
また、光合成には太陽の日射エネルギーが不可欠であり、夜明けとともに始まる光合成の効率を高めるためには、土壌水分の管理が欠かせない。現在、ファーミルの予測情報には含まれていないが、翌日の日射量の予測値が把握できれば、潅水量の管理に役立つと江口部長は話された。
今後のファーミルに求めることは、蓄積されている観測データの活用法に関する内容である。たとえば、周辺の農家と情報を共有できれば、相互に足りない技術を補えるのではないか。
また、蓄積データに基づいた有識者による指導があれば、農家の気付きに繋がるという思いをお持ちである。弊社としては、日射量の予測情報の提供はもとより、蓄積データの活用に関しても継続的に検討を重ねてゆく。
2)株式会社秀果園様(長野県東御市: 以下、 秀果園)
秀果園は1956年に長野県で初めてとなる巨峰の栽培を始め、現在は1町4反(約1.4ha)の農園に約30の品種を作付けしている。代表取締役の渡邉様は、75軒の農家で構成されるJVC(ジャパン・ヴィティカルチャー・クラブ)の会長である。
加盟している農家はおおむね世代交代の時期を迎えており、後継者の指導を担うことも少なくない。渡邉代表によると、これまでの農業は経験と勘を頼りに判断を下してきたが、これから農園を担う世代の方々は、近年ますますデータ活用を指向している。
秀果園では、2012年4月に観測機器を設置して以降、ハウス内と屋外の気温や湿度、日射量などのデータが蓄積されている。現在はその年の反省などに蓄積データを活かしているが、5年以上のデータが蓄積されたこともあり、さらに分析を深めて今後の収量アップや品質向上に繋げたいと意欲を示している(図6)。
また、ファーミルを導入したメリットとして以下の2点を挙げている。
1つ目は、気温に応じて自動制御で稼働する他社製の換気扇を導入しているが、稀に誤作動があり、ファーミルによる実測値の確認はダブルチェックとして使えることである。
2つ目は、海外に農園経営を展開中で、渡邉代表の海外出張が多くなったが、海外からも農園の状況が把握できるため、必要に応じて日本のスタッフに対策などの指示ができることである。
今後、ファーミルの機能に期待することを伺うと、土壌成分の可視化を挙げられた。追肥する際に、不足している成分が分かれば効率が良くなるためだ。気象という枠から飛び出したご要望であるが、実現の方法を模索していきたい。
市場動向と今後の対応
これまで経験と勘に多くを頼ってきた農業であるが、昨今は圃場に各種センサ類を設置するケースが増加している。このため、最近は手軽に設置できるセンサを見かけることが多くなった。
弊社がファーミルを開発した当時に比べ、今はセンサなどの部材や通信費などの価格が低下しつつあることを反映し、観測の精度や通信の品質を維持したまま、システムの導入費用を下げる企業努力は必要であると考える。
気象予測情報の提供という観点から、今後の対応が必要とされる項目は次の2点が挙げられる。
1つ目は気象情報の精度向上の取り組みである。気象による被害の軽減に寄与する正確な気象情報の提供を目指す。
2つ目は、日射量予測の情報提供である。そもそも弊社の日射量予測は、関西電力の供給エリア内の太陽光発電量を予測するために開発した情報である。
現在は全国の配信が可能になり、農業分野でも役立つ予測情報になると確信している。さらに、ファーミルの日射量予測で用いる『日射量予測システム「アポロン」』については、様々な賞の受賞実績を有しており、今後は予測情報をファーミルのWEB画面に追加するなど、積極的な情報配信に努めたい(図7)。
これらのほかに、スマートフォンに対応したWEB表示や、蓄積データの活用提案などの課題は残されている。さらに近い将来、海外との農産物の流通が本格的になるであろうことを視野に入れると、国内だけでなく海外でのシステム導入が必要になると考えられる。
今後、対応すべき課題は山積しているが、1つずつ解決することで、ますます多様化・進化してゆく農業を支援し、ファーミルが少しでも農家の皆さまに貢献できれば幸いである。
※スマート農業360 2019年冬号『特集:空から支える次世代農業』より転載
◉価 格
初期費用 10 ~ 30 万円程度
月額使用料 1 ~ 10 万円程度
注)上記の価格は、設置環境や予測情報の配信内容等で異なります
注)農繁期などの期間を指定した予測情報のご提供にも対応いたします
注目ポイント !
『日射量予測システム「アポロン」を活用した農業支援』は、2018年3月 に近畿経済産業局長賞 を受賞(第5回ナレッジイノーベーションアワード)しました。
◆相談先
株式会社気象工学研究所
TEL:06-6441-1022
E-mail:info@meci.jp
https://www.meci.jp/
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