2019年「スマート農業」元年を迎えて

2019年加速するスマート農業

2019年は新元号を迎える年であるとともに「スマート農業」においても元年だと言える。

株式会社矢野経済研究所によると「スマート農業」の国内市場規模は2017年度の128億9,000万円で、2018年度は146億8,800万円を見込んでおり、2024年度には387億円まで拡大すると予測している(図1)。

図 1 拡大する「スマート農業」の国内市場規模

政府は、昨年6月15日に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2018」で「世界トップレベルのスマート農業の実現」を掲げ、2025年までに「農業の担い手の大半がデータを活用した農業を実践する」という目標を掲げている。

その実現に向けて、本年夏までに技術ごとのロードマップや具体的な方策などを盛り込んだ「農業新技術の現場実装推進プログラム」(仮称)を策定する計画だ。各種技術の利活用計画のほか、必要となる規制緩和や農業生産者への普及啓発事業を盛る方針とのことである。

農林水産省の「農林水産業・地域の活力創造プラン」では「異業種連携による他業種に蓄積された技術・知見の活用、ロボット技術やICTを活用したスマート農業の推進、新たな品種や技術の開発・普及、知的財産の総合的な活用、生産・流通システムの高度化等により、農業にイノベーションを起こす」としており、2019年度予算で「スマート農業加速化実証プロジェクト」として国内市場規模の約3分の1にあたる50億円が決定している。

また、ロボット技術や人工知能(以下、AI)を活用した「スマート農業」の普及に向けて、全国50ヵ所に「スマート実証農場」を整備して大規模な実証試験を始める。

水稲や野菜、果樹、畜産など各品目で、1作通して複数のスマート農業技術を組み合わせ、省力効果や経営効果を確認、最適な技術体系を確立するもくろみだ。

「世界トップレベルのスマート農業の実現」に向けて、様々な技術開発が進んできてはいるが、実際に収益増加といった定量的なメリットに到達している農業生産者はごくひと握りである。

「農業新技術の現場実装推進プログラム」(仮称)では各種先端技術の開発が現時点どこまで進んでいて、普及に向けてどのような課題があるのかを整理するとのこと。

農業高校などでは、「スマートファーマー」(筆者造語:次世代農業人)育成に向けたカリキュラムを検討・実施したり、農業生産者と各種企業をマッチングする場を設けたりするといった施策も盛り込む。

また「スマート農業」がどれだけ役に立つかを伝えるため、「スマートファーマー」像もプログラムに描くことを目指すようだ。

さらには、公共機関や企業がもつ様々な農業関連データを集め、誰でも使えるようにする「農業データ連携基盤」(WAGRI)が2019年4月から本格運用が始まることによる各種化学変化にも期待ができる。

将来的には活用する範囲を生産から加工、流通、消費など幅広い分野に広げる方向だ(図2)。

図 2 農業データ連携基盤の構
(引用元:農業データ連携基盤協議会ホームページより)

農業AIの現在地とこれから

さて、筆者が「スマート農業」にかかわって本年で11年目を迎えるが、現時点においても農業のスマート化、特にAIについて賛否両論があることは皆さまも良くご存じだろう。

反対意見としての代表的なものとしては以下がある。

● 「農業は、田畑の自然の雰囲気や風景および生命の息吹や表情、声など人間の五感すべてを使って様々な教えを感じとるものであり、AIを搭載したマシンに、その感性は存在しない」

● 「AIにすべてをやらせてしまって、考えない農業生産者が増えてしまい、能力の低下につながってしまう」

このような意見は、筆者自身が農業生産者の立場であれば、十分に理解や納得ができる。確かに現時点におけるAIに感性的な物を求めるのは、かなりの難題であることは間違いない。

実は、「AIにより人間の仕事がなくなる」といった過激な問題提起もあり、AIというものに対し多くの誤解をもたれていると筆者は考えている。

現時点のAIは、ドラえもんや鉄腕アトムのような自律的に考えて行動する全能的なものでなく、特定機能に特化されているのである。

蓄積されたビッグデータと、長年の研究や経験で導き出されたルールに則り(人間の手助けによって)多く学習する(ディープラーニング)ことで教師データを確立し、それを元に超高速に分析した結果なのである。

端的に言うと「膨大なデータから特徴や傾向を見出すことさえできれば、同じ特徴や傾向のある場面について超高速スピードで分析処理ができる」のである。

これが現在位置のAIである。

したがって、農業のように今まで経験と勘に頼っていた業界ではこの教師データを作るのに多くの時間を有することはご理解いただけると思う。

一番のネックは、作物そのものの画像データである。温度や湿度のセンサデータはあっても、農作物に多大な被害を与える病害虫の写真等が多く存在せず、教師データが確立できないために、画像診断するのが現状では難しい。

結果的に種まきから収穫までを工場のベルトコンベアに流れるようにほとんど人間が介在せずに行える農業にたどり着くには、まだまだ多くの年月がかかるということをご理解いただければと思う。

近未来これら食・農に関するあらゆるデータが集約され、農業生産者が経営判断で悩む場面がきた時に、次のマイルストーンやゴールまでのシミュレーションをすることで、今後の方向性をリスクが少ない順や最大収益を得られる手順をAIが叩き出し、農業生産者はその答えを元にどういう選択をするかという判断を求められるようになる。

したがって、今まで見えなかったデータ類が明るみに出ることにより、農業生産者は今以上に精緻な制御や選択(判断)を迫られ、結果多く思考することになると筆者は考えており、ホワイトカラーの農業者が今後多く生まれてくると予測している。

これらのことから、上記反対意見のような無機質で人間味のない農業になってしまうことは当面有り得ないと思っていただいてよいと思う。

筆者は、このような次世代の農業生産者を「スマートファーマー」と名付け、創意工夫や試行錯誤に満ちた人物像を描いている。

スマート農業で実現する「新3K」

技術の革新はさておき、農業には他の産業には見られない非合理なルールや古いしきたりがまだまだ多い業界であると筆者は感じている。

その1つが農作物独特の値段決めである。現状では、市場側に主導権があり、農業生産者側には自由度が与えられていない。

自分が創意工夫や試行錯誤して作った農作物の値段決めができないことから、優秀な人材が生業として農業を選択してくれない原因になっているのではないかと思う。その状況を打開するのが「スマート農業」である。

今までは、新規に就農すると「一人前の農業生産者になるには十年はかかる」と言われていたが、匠(ベテラン)の農業生産における各種履歴データによって、その地域ならでは、その農協や農業法人ならではのルールにのっとってシミュレーションが可能になることで、短期間で一人前の農業生産者に育成することができる。

筆者の言う「一人前の農業生産者」とは、良いものを作るという技術や品質の面だけではなく、贅沢とは言わないまでもちゃんと食べていけることだと思っている。

実際、「スマート農業」に取り組んでいる現場の農業生産者は、ベテランが長年培ってきたノウハウをマニュアル化することを急ピッチで進めている。

これまで農業生産者が本格的に農業を継ぐタイミングは、その多くが先代である父親が他界する時であった。つまり、十分なマニュアル化がされてない中で技術継承が行われ、非常に困難をきたしている。

「スマート農業」、特にIoTソリューション導入より、このリスクを回避することができるのである。

これにより、そう遠くない未来、農業は「きつい・汚い・危険」という3 Kのイメージを脱却し、新しい3K、つまり「かっこよく・稼げて・感動がある」に変革して行くだろう。

このような姿を実現した農業生産者のことを前述通り「スマートファーマー」と筆者は呼んでいる。スマートファーマーは、農業生産のスキルだけでなく経営のスキルやITスキル、データ分析スキルを備えている。

自然志向や健康志向の流れの中、農業を志す若者が増えているのは間違いない。「スマート農業」の普及によって、農業が従来の人気職業にも比肩する「あこがれの職業」になる可能性は高い。

※スマート農業360 冬号より転載

筆者

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