農家の高齢化の本質とは

はじめに

2019年5月の11日、12日に新潟にてG20農業大臣会合が開催され、その中で日本が誇る最先端の「ロボットトラクター」がお披露目された。

これは、日本の「スマート農業」について諸外国にアピールを狙ったものだと思われるが、筆者としては多少物足りなさを感じる結果となってしまった。

先進国を除いた諸外国の農業大臣たち(先進国では同等なものが作れるという見解)に日本の最先端技術をアピールするのには十分良い題材であったが、本来、日本の農林水産大臣に誇っていただきたかったのは、世界各国から安心・安全で高品質として一目置かれている日本の素晴らしい農産物である。

これは単に美味しい農産物を諸外国の大臣に食べてもらうということではなく、日本の匠の農業者の技術を後世に残すために、日本はどんなチャレンジをしていて今現在どんなことができているのか、確立した生産手法は、世界に輸出することで未来永劫「ジャパンクオリティ」の高付加価値な農産物を諸外国でも食べることができるのだということを、アピールしてもらえたら良かったのにと思ったからである。

また、政府は6月7日、農林水産業・地域の活力創造本部の会合を開き、2025年に実現が期待される農業経営の将来像として「農業新技術の現場実装推進プログラム」を取りまとめた。

人手不足に対応し、ロボットや人工知能(AI)を活用した「スマート農業」を現場に普及させる施策と効果を整理したもので、安倍晋三首相は会合で「スマート農業は、農業の体質強化の切り札になる」と述べられている。

しかしながら、筆者が期待をしていた「スマートファーマー」(筆者造語:生産だけでなく経営やITにも精通した次世代農業者)育成に向けたカリキュラムに関する事項や「スマートファーマー」像については、多く語られておらずがっかりした所である。

高齢化問題の本質とロボット農機の現状

農業における代表的な問題として、従事者の高齢化による労働力不足が取り沙汰される。その問題を解決すべくロボットや外国人、女性の活躍というのは十分に理解できる。

しかしながら、なぜ高齢化し従事者が減ったのかという本質的な理論にはなぜ触れないのであろうか。

農業界に若者が入って来てくれないのは、農業生産者の創意工夫や試行錯誤といった努力が収益に結びつかないことやスキルの向上が目に見えないという理由であることを前号でも記した。

要するに農業には「魅力がない」と判断された結果であり、これが高齢化の一番の理由であると筆者は考えている。

筆者の周りにいる農業者のロボットトラクターに対する多くの反応は、「あんなに高額なものは買えない」もしくは「自分の営農規模では必要ない」といったところが主な感想であろう。

確かに広大な農地を使い、大規模に生産を行う農業法人は急増を続けている。今後もこの傾向は変わらず、耕作放棄地を活用してさらに増加していく見通しである。

しかしながら、現時点でロボット農機は公道を無人で走行することは許されていないために、トラックに搭載して対象圃場まで運搬(これは圃場を移動するごとに必要)するか、そこまで農業者が運転してもっていき、圃場の中に入ったら自動走行させるという運用しかできないのが現状だ。

結果的に、ロボット農機が圃場内で動作している間、その場に縛られるといったことが発生し、1人で複数台の農機を操るといったことをしない限り、現時点ではコスト面で大きな効果には至らない。

農機倉庫から圃場まで、圃場と圃場間の移動を考えると、ロボット農機である程度の効果を得るには最低1ヘクタール程度の広さが必要だが、本州以南の農地は猫の額のような農地がまだまだ多く、実態に即してないと筆者は感じている。

本州以南の大規模農業者の耕作農地の事例

ロボットの導入というのは、どうしても作業の効率化に意識がいってしまう傾向にあるが、ロボットの導入により、リスクが減り歩留まりが向上もしくは品質が向上し、さらには収益が増大することも同時に考えなければならない。

現時点においてもまだ少数派のスマートファーマーは、経営者も含めすべての従業員の作業時間をすべて計上し、常に作業の効率化によるコストダウンを意識している。

さらにはリスクや品質にも気を配っている。したがって、彼らが補助金などに頼らずロボット農機を購入し始めたら、「費用対効果」があると判断したと思っていい。

“場所”に紐付かないブランドの確立

そもそも、日本の農産物が安心・安全と謳われているのは日本の国土で作られているからではなく、日本人が生産していることに理由がある。

この日本人の農産物の作り方を「日式農法」(筆者造語)として確立できれば、世界各国どこで生産しても日本の農産物と同じように高いプライオリティで扱われるようになる。

これにより、現在の「場所」に紐付いたブランドではなく、「農業法人ブランド」というのが少しずつだが出てくると予想している。宮城県の山元町でイチゴの生産をしている農業生産法人 株式会社 GRAの取り組みはその先駆けと言っていいだろう。

GRAの「ミガキイチゴ」というブランドは、品種ではなく生産方法を重要視したブランドであり、日本の至るところだけでなく、世界のどこで作っても「ミガキイチゴ」として名を付けて出荷ができるというビジネス戦略だ。

現に、すでにインドやドバイといった諸外国での展開を進めている。結果「日式農法」で作られたイチゴとして、非常に高付加価値がついて販売されている。

ノウハウの明文化が「新3K農業」の鍵となる

日頃から日本の素晴らしい農産物を食べている日本の国民にはピンとこないかもしれないが、諸外国の人々および海外に旅行や出張の多い方々は、「日本の農作物の品質は他国の品質とは比べ物にならないほど素晴らしい」と口を揃えて話される。

この匠の農業者の素晴らしい生産ノウハウを、1つでも多く明文化して未来に残すという重大なミッションが、現在進行中と筆者は考える。

したがって、日本のテクノロジー企業は、総力を上げて日本の農業の匠の生産方法明文化を支援し農業生産者は、元気なうちに自分の農業生産や経営のノウハウを明文化し、事業承継に向けた準備を急ぎ進めて欲しい。

スマートファーマーには、まずは自分の組織ならではの生産手法や品質について明文化することに取り組んで欲しい。

就農してから現在に至るまでの作業日誌(誰がいつ何をどれくらい(時間、量など)したかということを記載しているノート)をつけている農業生産者はそれをデータベースに落とし込むということになるが、今までそうしたことを精緻にしていなかった農業生産者の場合、たとえば「畑らく日記(株式会社イーエスケイ)」に代表される作業管理アプリ等に記録することから始めていただきたい。

今まで記録をしてなかった方には大きなハードルと思われるが、自分達ならではの農業の確立には欠かせない第一歩であり産みの苦しみとして理解いただきたい。

ここで使うスマホやタブレットはできれば防水性の高いものを選ばれると故障の原因を減らすことができる。

多くの方は、ノートに記載していた作業日誌を単にスマホやタブレットで入力するだけじゃないかと思われるかもしれないが、この作業記録をクラウド環境に蓄積し、従業員も含めすべてのステークホルダーにて共有することで次のようなさまざまなメリットが発生する。

① 作業の記録を複数人で確認可能になり、農薬の散布回数ミス等がなくなる。
② 作業の成功例、失敗例が蓄積されるとともに、1人の経験を複数の人間で疑似体験できる。
③ 作業時間も記載することで圃場ごとの生産コストが明らかになる。
④ 同作業における従業員の得手不得手がわかり適材適所が可能になる。
⑤ 作付状況をリアルタイムで把握可能なため、営業活動が円滑に行える。

リスクヘッジ、収量 UP、原価把握、人材育成といったあらゆる場面での活用が可能であり、これが親から子ヘ、現経営者から次期経営者へという事業承継に向けた準備段階から行うことができれば、代々守ってきた生産ノウハウや品質を落とすことなくバトンタッチができる環境になる。

同時に自分の組織ならではの農法の確立に貢献し、市況に影響されない農作物としてブランド化されることも想定される。

このように蓄積したデータをステークホルダー間で共有することにより、農業は創意工夫や試行錯誤が報われる職業に変貌し、“カッコよく”“稼げて”“感動のある”「新3 K農業」の実現の糸口となる。

こうして自分の努力が報われる農業が確立できれば、精神的な参入障壁が取り払われ農業に従事する若者が増えていく。結果的に高齢化の一途をたどる農業界に一石を投じることになると筆者は考えている。

筆者

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