農作業の引き算を支援する 2 つの AIシステム

昨今、ICTや AIを活用した営農スタイルが、ニュースなどで話題になることが多く、システムを導入したら何かが変わるだろうと思う所ではあるが、実際はコストも手間もかかることで、できれば新しい仕組みを習得しなくとも「無意識」で ICT 農業の導入ができればと、お考えの方も多いのではないだろうか。

本稿で紹介する営農支援システム「e-めぐみ」は、導入により利益が上がり儲かるのではなく、60 分掛かる作業を 45 分に、二手間をひと手間に、農家の皆さんの「引き算」を支援できればと思っている。新たに設備を購入するのではなく、身近にある機材を活用し、低コストで環境付随・補助型の ICTサービスを提供する。

開発経緯

弊社アイエスビー東北は 2011 年 7 月に設立した IT 企業である。設立目的の 1 つである地元雇用確保を進める中で、東北地方の一次産業と ICTのビジネスマッチングを進めてきた。

特に東日本大震災で津波被害を受けた農地の復興支援を進める中で、中小規模の農家が価格帯で気軽に扱えるセンシング機器が少ない課題があった。この課題を解消すべく 2012 年に中小農家でも使える低コストの農業支援 ITシステムの実現にプロトタイプ(図1)の開発がスタートした。

図 1 低コスト版プロトタイプ開発(2012 年)

当時支援の対象としたのは、津波浸水圃場の定点による温度、湿度、照度、EC 値(土壌塩類濃度)、空間放射線(ガンマ線)の測定を行い、2013 年には地図上でのセンシング値の公開(図 2)を行うとともに、蓄積したセンシング情報の分析を開始した。

図 2 津波浸水地のセンシング情報公開

農地復興支援の中で農家より ICT 活用の高いニーズがあったのは、遠隔によるカメラ、気象センシングよる農地監視である。これは津波浸水被害による農地の移転、仮設住宅建設に伴う農地利用により、職住分離(農地の飛び地)による通勤型のスタイルとなる農家が増加したからである。

自宅から圃場まで車で数十分の移動が必要となり、気軽に圃場のケアが難しい状況となった(図 3)。このニーズに対応したのが今回紹介する「e-めぐみ」の前身であり、震災以降に様々な失敗と試行錯誤が蓄積したシステムとなる。

図 3 震災による農地移転

営農支援システム「e-めぐみ」の概要

営農支援システム「e-めぐみ」は、弊社のセンサネットワークを集中管理する IoT/M2Mプラットフォームdatasamplr)をベースにしたクラウドサービスとなり、2 つの AI(人工知能:Artifi cial-Intelligence)、農業情報科学(Agri-Infomatics)を取り入れた機能構成となっている。

主に生産者と消費者(仲卸含む)のマッチング支援を目的とした機能を実装しており、生産者の販売先(出口創出)に力を入れたサービスを提供している。「e-めぐみ」機能全体図e-めぐみは、以下の機能構成でサービスを提供している(図 4)。各機能については、事例を踏まえた内容で説明する。

図 4 全体概要図

➀センサデバイス管理と情報蓄積
➁センシングデータ受信とプッシュ通知
➂育成状況見える化
➃バイヤー、飲食店マッチング
➄生産者、作物地域情報マッチング
➅耕作放棄地活用支援
➆勤怠管理、農作業見える化
➇冷蔵ロッカーによる成果物販売(開発中)
➈仮想通貨による生産物売買決済(開発中)

センサデバイス管理

e-めぐみはシステムにセンサデバイスのアクティベーション管理を行う。デバイスメーカは特に制限していないが、デバイスメンテナンスを含めたセンサキャリブレーションが可能で、取得データ精度の担保が可能なデバイスからの接続を許容している。

取得した情報を活かすために、システム内で分類、識別、予測を処理する。基礎情報となる AI(人口知能)の教師データを生成する際に行うデータのクレンジング作業を行うが、あらかじめデータ精度の担保を保障することで、クラウドの使用リソースを抑え、低コストで精度の高い情報を生産者へ提供する。

センシングデータ受信とプッシュ通知

e-めぐみはセンシングデータ受信用の Web-APIを公開しており、一般のデータ蓄積と簡易統計機能を提供している。またデバイスへのプッシュ機能があり、「e-めぐみ」スタンプ機能を利用した簡易的なデバイスコントロールが実現できる。

たとえば、スタンプとポンプ制御を連動し、スタンプ作業による水撒きが行える。複数箇所ある圃場を見回りながらの散水作業を簡素化することが可能である。

散水以外ではハウスの換気、ビニール巻き上げなどのような、電源 ON/OFFで稼働する機器であれば、低コストでリモート操作が実現でき、人口知能がデータ分析を通じ法則を見出すことでルーチンワークの方法を学習し、単純作業の自動化が期待できる。作業の軽減以外では、経験値の暗黙知を形式知に変換することが可能である。

露地栽培の農作業の中で水撒きのスタンプを行った場合、その瞬間の気象情報(気温、湿度、照度)をシステム内に記録し、経験豊富な熟年営農の経験値を定量化することができ、若手営農者の人材育成に役立つデータ生成が可能となる(図 5)。

図 5 巻き上げスタンプ(左)とハウスサイド換気機(右)

育成状況の見える化

作物の育成状況はスマートフォンアプリケーション(eめぐみカメラ)にて機能を提供している。現在は育成状況を7段階(図 6)のスタンプで表現しており、作物の育成状況にスタンプをアプリケーション内(図 7)に貼っていく。

図 6 生育スタンプ(抜粋)

図 7 アプリケーション育成状況スタンプ

スタンプ自身には青果物統一品名コード(ベジタブルコード)情報が紐付いており、情報の二次利用を考慮したタグ構成となっている。このスタンプ機能はスマートフォンの位置情報と連動しており、作成圃場を地図上にマークすることで、どの場所で何の作物を生産しているかの情報を、地図上で一般公開(図8)できる機能がある。

当システムのユーザ様には、仲卸企業、バイヤー様、飲食店が登録しており、作付け状況と収穫予想をシステムより通知する機能を要している。飲食店では収穫予想からあらかじめ提供メニューの作成を行うことができ、消費量の予想が行える(現在、宮城県、福島県のみ)。

図 8 作付け公開マップ

同アプリケーションのカメラ機能で撮影した写真もスタンプとして張り付けることができる。このカメラ機能の特徴は、作物の状況とともに気温、湿度、気圧、照度の情報が写真の中に情報(図 9)として残すことができることである。

図 9 気象情報カメラ

耕作放棄地活用支援

e-めぐみは、過去の生産情報を周辺の作付け情報を元に、「この圃場でこの作物を生産すると利益がどの程度出るか」のシミュレーションを行い、営農再開の支援をする。都市に居住しながら、将来的に営農を目指している方に、収穫と事業予想を行う情報(土壌、水利、必要作業等)を提供し、耕作放棄地を活用した仕組みを提供する。

東北地区限定となるが、2017 年より耕作放棄地の周辺圃場をマルチススペクトルカメラ(図 10)で空撮し、生育状況を時系列に観測している。

図 10 空撮画像による植性指数の定量化

画像から植性指数を算出し、e-めぐみの生育基礎データとして蓄積している。収穫量からその圃場ならではの育成パターンを算出し、事業(損益)予想の精度向上を進めている。

また、シミュレーションについては、種苗、遺伝子、営農方法、地場ノウハウ、お作法を取り入れたヴァーチャル農業機能(2018 年、実証実験中)の提供を予定しており、2019 年には、都市農村コネクティングシステム(図 11)としてサービスを提供する。

図 11 都市農村コネクティングシステム

勤怠管理と農作業の見える化

勤怠管理と農作業の見える化については、弊社もいくつかの試作を開発し提供してきたが、いずれも長期利用がされず、陳腐化したサービスが数多くある。利用継続ができない要因は、スマホからの情報入力を含めた、機器操作による「手間が増えること」にある。

このことから、作業者の無意識から形式知化に置換する仕組みを取り入れている。「e-めぐみ」ではアルプス電気社製の IoT Smart Module(図 12)を活用し、作業者の簡易的な行動トレースを行っている(図 13)。

図 12 小型複合センサモジュール

図 13 行動トレース

このセンサモジュールは複数センサ(6 軸(加速、磁気)、気圧、温湿度、照度)が搭載されており、コイン電池で長寿命のデバイスである。このセンサモジュールを作業者に所持していただき、終日の行動トレースを行っている。

その日、初めて加速度センサが反応した時間を出社時間、反応が停止した時間を退社時間として勤怠管理に活用している。また、ゲートウェイ(センサ受信器)の設置が必要となるが、どこの場所(圃場)で作業したかを、センサモジュールにより行動のトレース(図 13)が可能となる。

行動トレースにより、滞在時間と作業ルートの見える化が可能となり、作業効率を見直す上で有効な情報を得ることができる。

今後の展開

今後のサービス展開の中で、冷蔵ロッカーの設置および青果物販売の準備を進めている。図 4 に示した「全体概要図」には、仲卸業者が個別集荷した青果物を冷蔵ロッカーに配送し、お客様がその場で購入する仕組みとなるが、青果物情報として、生産者、生産場所の情報とともに青果物のおいしさ情報(甘味、塩味、酸味、旨味、苦味)を表示する。

この「おいしさの見える化」は「e-めぐみカメラ」に機能実装(2019 年春リリース)し、生産者が撮影した写真からおいしさ情報を取得する仕組みから、産地や値段以外の判断基準を提供する。また、ロッカーでの売買については、仮想通貨の利用を予定しており、生産者が販売状況、売れ筋等の情報をリアルタイムで確認できる仕組みも提供する。

参考文献
1) 営農支援システム「e-めぐみ」
http://www.e-megumi.green/emegumi/
2) IOT/M2Mプラットフォーム「datasamplr」
http://m2m.isb.co.jp/datasamplr/
3) 東北大学 復興農学センター
http://www.tascr.agri.tohoku.ac.jp/
4) 東北スマートカルチャー研究会
http://t-sal.net/
5) 日本農業情報システム協会
https://jAIsa.org/

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◆相談先
株式会社アイエスビー東北
E-mail:info@itc.isb.co.jp
URL:http://www.isb.co.jp/

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